とくにあぶなくないRiSKのブログ

危ないRiSKのブログだったかもしれない。本当はRiSKだけどググラビリティとか取得できるIDの都合でsscriskも使ったり。

感覚的思考と論理的思考

日中はほとんど感覚的思考をしている。夜,自分のPCの前に座ると論理的思考をしている。状況や,考える対象で思考の仕方が切り替わっているようだ。
私は人と会話するのが苦手だが,会話が下手とかじゃなくて,論理的思考が入ってしまうので,まどろっこしかったり,めんどくさかったりするために苦手と感じるようだ。そうだと今日理解した*1
ついでに言うと私は平面的思考をすることが多い。確かに直線的思考をしているときは作業が遅いし,間違いも多い。やり直しも多い。
論理的思考,直線的思考にはステップがある。「だから,こう」というステップがある。つなぎがあるっていうか。A => B => Cって感じ。
感覚的思考,平面的思考にはステップはない。A = B = C あるいは A = C って感じ。どちらも0ステップだ。段階がないので時間的に0だ。
時計を見る。時計の針が 20:45 を指している。もうこんな時間か。明らかに論理的思考をしている。3ステップもかかってる。人間が論理的に作った物を理解しようとすると,やっぱり自然と(本当は不自然なのかもしれないが)論理的思考をしてしまう。
プログラム言語も論理的にできてるだろうから,それを理解しようとすると論理的思考をしてしまう。だから,常人には感覚的思考でプログラミングするのが難しいのだろう。
仕様を見たときに,具体的な(特定の言語の)コードを想像しているうちは,決して感覚的思考はできない。

*1:まず,会話自体が論理的思考を必要としている。んで,上司と会話していれば冗談を言わなければならないと論理的に考えてしまうし,論理的に考えた冗談を,論理的に考えたタイミングで,これまた論理的に組み立てた日本語で,感覚的に話さなければならない。また,私が慕う素敵な(実の姉にしたい)(小枝タンではない)お姉さんと会話をしているときも似たような感じだった。聞きたいことがあって自分から話しかけたのに,すぐに論理的な会話がめんどくさくなって,感覚的思考によって,顔立ちとか化粧とか目で見える物からいろんなイメージがわいてきてしまった。正直,面と向かって会話していると相手の顔がゲシュタルト崩壊を引き起こしてしまう。これは本当。私だけ?